今回のマルタ滞在で最大の目的だったのがダイビングです。
水中に残る客船の階段。海底に沈む潜水艦。第二次世界大戦中に沈んだ駆逐艦。
マルタの海には、同じ「沈船」という言葉だけではまとめられない景色が残っています。
今回潜ったのは、P29 Patrol Boat、Tugboat Rozi、MV Karwela、HMS Stubborn、HMS Southwoldの5ダイブです。
テクニカルダイビングと聞くと「ものすごく深く潜るダイビング」というイメージがあるかもしれません。
自分にとっては、深く潜ること自体が目的ではありません。
見たい景色がある。その場所へ行くための手段がテクニカルダイビングです。
通常のダイビングでは行かない深度や、浮上途中に減圧停止が必要になる場所へ潜るため、講習を受けて知識や技術を身につけていきます。
今回のマルタでも、前半は水深30m台。
後半は50mを超え、最後のHMS Southwoldでは最大67mまで潜りました。
40mを超える2本では、今回のダイブ計画に合わせてヘリウムを含む呼吸ガスを使用しています。
難しいガスの話や減圧理論はこの記事では省きます。
どんな場所へ潜り、そこで何を見たのか。沈船の歴史と実際の景色を中心に紹介します。
マルタを含む13日間の旅全体については、別記事にまとめています。
1. マルタで潜った5つの沈船と潜水艦
今回潜った5本はこちらです。
| 日付 | ダイブポイント | 最大深度 | 潜水時間 |
| 9月8日 | P29 Patrol Boat | 34.5m | 1時間15分 |
| 9月8日 | Tugboat Rozi | 32.8m | 39分29秒 |
| 9月9日 | MV Karwela | 37.4m | 1時間48分 |
| 9月10日 | HMS Stubborn | 51.7m | 1時間4分 |
| 9月11日 | HMS Southwold | 67.0m | 1時間15分 |
P29、Rozi、Karwelaは、現役を終えた後にダイブサイトとして沈められた船です。
HMS Stubbornも人為的に沈められていますが、こちらはダイバーのためではなく戦後のソナー訓練が目的でした。
最後のHMS Southwoldは、第二次世界大戦中に機雷へ接触して沈没したイギリス海軍の駆逐艦です。
同じマルタの海底にあっても、そこへ至るまでの歴史はすべて違います。
マルタのビーチダイビングは海に入るまでが大変
最初の3本はビーチから潜ります。
「ビーチダイビング」と聞くと、砂浜からそのまま海へ入るイメージがあるかもしれません。
実際はドライスーツを着て、シリンダーや器材を背負ったままエントリーポイントまで歩きます。
マルタの日差しの中なので、水に入る前から汗だく。
水面付近の水温も、この時期は約30℃ありました。
それでもドライスーツを着ていたのには理由があります。
後半の深いダイビングでは、水深40mを過ぎると水温が20℃を下回りました。
水面は暖かいのに、深く潜ると一気に冷たくなる。
今回のマルタでは、陸上の暑さと深場の寒さの両方を味わうことになりました。
2. P29 Patrol Boat マルタ沖に沈む元哨戒艇

マルタでの1本目は、Ċirkewwa沖に沈む沿岸の警備や監視などに使われていた哨戒艇、P29 Patrol Boatです。
最大深度34.5m、潜水時間1時間15分。
潜降していくと、青い水中に全長約52mの船体が現れます。
今回のマルタダイビングはここから始まりました。
東ドイツからマルタへ渡った軍用船


P29は、もともと東ドイツで使用されていた軍用船です。
その後はドイツの沿岸警備隊で使用され、マルタへ渡りました。
マルタでは哨戒艇として運用され、2004年に現役を引退。
2007年に人工リーフとダイブサイトを目的として沈められました。
現在は砂地にほぼ直立した状態で残っています。
水中で見るP29 Patrol Boat
潜降していくにつれて、大きな船体が少しずつ見えてきます。
船首、操舵室、船体。
全長約52mあるため、近くから見ているだけでは全体像が分からないほどの大きさです。
ダイバーと一緒に撮影すると、船のサイズも伝わりやすくなります。


3. Tugboat Rozi 観光用に沈められたタグボート

初日2本目は、P29と同じĊirkewwaに沈むTugboat Roziです。
最大深度32.8m、潜水時間39分29秒。
1本目のP29とは大きさも形も違います。Roziは港で働いていたタグボートです。
港で働いていたタグボート
Roziは1958年にイギリスで建造されました。その後マルタへ渡り、港で大型船を動かすためのタグボートとして使用されています。
現役を退いた後の1992年に海へ沈められました。
「海中で見せるため」に沈められた船です。
水中で見るTugboat Rozi


P29より小さいため、船全体の形を捉えやすい沈船です。
船体の周囲を泳ぎながら、船首や船橋を見ることができます。
写真を撮るときも、ダイバーを入れる位置や船との距離で印象が大きく変わります。
沈船そのものを見るだけではなく、どこから撮れば船の形や大きさが伝わるのか考えながら泳ぐ。水中写真を撮る自分にとっては、そこも楽しみのひとつです。
初日は、Ċirkewwaに沈む2隻を潜りました。


4. MV Karwela 水中に残る階段を撮影する
2日目に向かったのは、ゴゾ島沖に沈むMV Karwelaです。
この日もビーチから潜ります。
ドライスーツを着てシリンダーを運び、エントリーポイントまで歩いて海へ向かいます。
距離もあり、重い器材を背負っての移動はなかなか大変でした。
それでもKarwelaには、どうしても潜りたい理由がありました。
船内に残る階段とダイバーを撮影すること。今回のマルタで、一番撮りたかった景色です。
客船だったMV Karwela
Karwelaは1957年に西ドイツで建造された旅客船です。
その後マルタへ渡り、観光客を乗せる船として使用されました。
現役を引退した後、2006年に人工リーフとダイブサイトを目的としてゴゾ島沖へ沈められています。
現在も船体はほぼ直立した状態で残っています。
客船だったため、船内には当時の構造を見ることができます。
そのひとつが、Karwelaを象徴する階段です。


Karwelaを潜りたかった理由
以前からKarwelaの写真を見るたびに、この階段を自分でも撮ってみたいと思っていました。
水中に沈んだ客船の中に、かつて乗客が使っていた階段が残っている。船内へ入ると、暗い空間の中に階段が現れます。
上からは青い光。
その中をダイバーが通っていきます。
今回撮りたかったのは、この景色でした。
沈船と聞くと、船首や船体、操舵室を思い浮かべます。
Karwelaでは船内に入ることで、客船だった頃の雰囲気も見ることができます。
階段や手すり。窓や開口部。かつて人が行き来していた場所が、そのまま水中に残っています。
MV Karwelaのダイブログ
最大深度37.4m、潜水時間1時間48分。
今回の5ダイブでは、最も長い潜水時間になりました。


5. HMS Stubborn 第二次世界大戦を生き残った潜水艦

3日目からはボートで沖へ向かいます。
ここから景色もダイビングの内容も変わります。
向かうのは水深50mを超えるHMS Stubborn。
今回潜った5つの中で唯一の潜水艦です。
最大深度51.7m、潜水時間1時間4分でした。
40mを超えると海の様子も変わる
水面付近は約30℃。そこから深度を下げ、水深40mを過ぎると20℃を下回りました。10℃以上の差があります。
海へ入った直後は暖かくても、潜降していくうちに水の冷たさが変わっていきます。
このダイブでは水深50mを超えるため、今回の計画ではヘリウムを含む呼吸ガスを使用しました。
深い場所では、通常の空気だけで潜るのではなく、深度に合わせて使用するガスも変わります。
細かな理論はここでは省きますが、テクニカルダイビングでは「どこまで潜るか」に合わせて事前に計画を立てます。
第二次世界大戦を生き残ったHMS Stubborn
HMS Stubbornは、第二次世界大戦中にイギリス海軍で使用されたS級潜水艦です。
1942年に進水。
1944年にはノルウェー沖で爆雷攻撃を受け、大きな損傷を受けながらも沈没を免れました。
その後も復帰し、第二次世界大戦を生き残っています。
戦争では沈まなかった潜水艦
Stubbornがマルタの海底にあるのは、戦争で撃沈されたからではありません。
戦後の1946年。
ソナー訓練の標的として意図的に沈められました。
現在は水深約57mの海底に潜水艦の姿を残しています。
戦争を生き残った潜水艦が、戦後に沈められ、今も海底に残っている。
歴史を知ってから見ると、P29やRoziとは印象が変わります。
水深50mを超えた先に潜水艦がある


潜降を続けていくと、海底に細長い船体が見えてきます。
一般的な船とは形が違うため、遠くからでも潜水艦だと分かります。
今回の最大深度は51.7m。
通常のレクリエーショナルダイビングでは行かない深度です。
ここまで潜った理由はシンプルです。
見たかった潜水艦が、この深度にあったから。
テクニカルダイビングを学んだことで、写真や映像で見ていた場所へ自分で潜れるようになりました。


6. HMS Southwold 水深67mに沈む第二次世界大戦の駆逐艦

マルタで最後に潜ったのがHMS Southwoldです。
最大深度67.0m、潜水時間1時間15分。
前日のHMS Stubbornに続き、この日もヘリウムを含む呼吸ガスを使用します。
今回の5ダイブで最も深い場所です。
それでも目的は「67mまで潜ること」ではありません。
その深度にHMS Southwoldが沈んでいるからです。
第二次世界大戦で沈んだHMS Southwold
HMS Southwoldは、第二次世界大戦中にイギリス海軍で使用された駆逐艦です。
当時のマルタは、地中海におけるイギリスの重要な拠点でした。
食料や燃料などを運ぶため、多くの船がマルタを目指しています。
Southwoldは、そうした船団を守る任務に就いていました。
1942年にマルタ沖で沈没
1942年3月24日。Southwoldは、損傷した補給船Breconshireを救援している最中に機雷へ接触しました。爆発によって大きな損傷を受けます。
曳航も試みられましたが、船体は分断されて沈没。
現在も船首と船尾は離れた場所に残っています。
これまで潜ってきたP29、Rozi、Karwela、Stubbornは意図的に沈められたものです。
Southwoldは違います。
実際の戦争の中で沈んだ艦です。
水深67mで見るHMS Southwold



水深60mを超えた先に、第二次世界大戦中に沈んだ駆逐艦が残っています。
80年以上前に沈んだ船を、自分の目で見る。
テクニカルダイビングを始めていなければ、自分にとっては写真や映像の中だけの景色だったと思います。
潜れる場所が広がることで、見られる景色も変わりました。
今回のSouthwoldは、それを一番分かりやすく感じたダイブでした。
最後は水深67mのHMS Southwoldで締めくくりました。


7. マルタで5つの沈船と潜水艦を潜って
今回潜った5つは、すべてマルタの海底にあります。
そこへ至った経緯はすべて違います。
P29は元軍用船。
Roziは港で働いていたタグボート。
Karwelaは旅客船。
Stubbornは第二次世界大戦で生き残った潜水艦。
Southwoldは第二次世界大戦中にマルタ沖で沈んだ駆逐艦です。
水深30m台のP29、Rozi、Karwelaから始まり、後半はヘリウムを使用してHMS Stubbornへ。
最後は水深67mのHMS Southwoldまで潜りました。
数字だけを見ると「深い場所へ潜った記事」に見えるかもしれません。
自分が残したかったのは、その数字ではありません。
水中に残る客船の階段。海底に横たわる潜水艦。第二次世界大戦から80年以上が経った今も残る駆逐艦。
そこまで潜らなければ見ることのできない景色があります。
テクニカルダイビングを始めたことで、自分が見に行ける世界は確実に広がりました。
この記事の写真を見て、
「こんな場所が水中にあるんだ」
「いつか自分でも見てみたい」
そう思ってもらえたら、今回見てきたマルタの水中世界が少し伝わったのだと思います。

